・・・響・・・
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
RECOMMEND
スポンサーサイト
category: - | author: スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | PAGE TOP↑
Leonardo da Vinci - The Codex Leicester - (六本木ヒルズタワー52階 森アーツセンターギャラリー 2005.11.13.)
category: 展覧会 | author: aliensegg
人間はヒトであり地球の一部。水や火や木や動物となにも変わらないもの。ジャングルは自然。サバンナも自然。森も自然。海も自然。山も自然。そして都会のビルの森も自然。水の波紋の姿はヒトの姿。並ぶ水の波紋は並ぶヒトビト。水の波紋の姿は木の姿。並ぶ水の波紋は森。
ヒトも動物も植物も空気も水も、存在あるものはみんな内にオーラを秘めている。それぞれの存在がそれぞれ内に秘めている安定したオーラ。波紋のように広がるオーラ。揺れるオーラ。交わるオーラ。流れは変わる。そしてまた安定する。それをわかりやすく視覚に教えてくれる水。私達人間は皆体内にギリギリの水を持っていて、それは揺れる。他人とぶつかったり交わったり…そして何事もなかったかのように戻ってくる。それはヒトだけじゃない。存在する全てのものが同じもの。みんな纏うものが違うだけで本来は目に見えない水みたいなただ"存在"しているだけのもの。いきものが地球に所属しているとか、地球がいきもののためにあるとか、お互い共存していかなきゃいけないとか、そんな話じゃない。
地球がひとつの生命体であるというガイア理論は、人間が生き物であるのと同じように地球が生き物であるということではなく、全て同じ命のもとに生きるものということ。人間も海も山も動物も川もコンクリートも皆同じ。皆地球。私達人間は地球の目であり手であり心臓であり足である。同じように地球は私達人間の目であり手であり心臓であり足である。そしてそれは水も動物も空気も存在するもの全て同じ。これらは全く異なるもののようにみえて本当は全て同じひとつの存在。
目を瞑り感じる冷たい風は地球の吐息であり、私達の吐息により空気は白くなる。
自分を救うもの 他人を救うもの 動物を救うもの いきものを救うもの 自然を救うもの 地球を救うもの 生命を救うもの を探して、世界に目を向け地球に目を向け宇宙に目を向けるけど。全てまわってさがしてもみつからない答えに落胆するけど。そこまでしたら気付くはず。いちばん身近な答えに。救済・存在維持の答えは吐く息が教えてくれる。降る雨が教えてくれる。月灯りも教えてくれる。なのにみんなそれを無駄なこととして、目に見える理由を追求して、隠しちゃう。そして大して価値もないものをみんな共通のはかりではかれるものだからって重視して、追求して、論理的に組み立てて、評価しあって・・・おしまいっ!原料・材料は大事。勉強も知識も大事。だけどね‥って ああ…これは比べちゃいけないものだった。
たとえば可愛い天女さんのおはなし。彼女は神とされる域に属するもので、遠く見渡し感情のまま天と呼ばれるところで生きていたけど、あるひ急に落ちた人間の世界。低俗な彼等をばかにし見下し天を想い日々嘆き生きていたけど。"下界"と呼ばれるところで少しずつ影響を受けた彼女。下界の民に触れ、その想いに触れ、価値観に触れ、彼女の世界はひっくりかえった。今まで天と呼び上にあると思っていたところは上ではなく、今まで下界と呼び下にあると思っていたところは下ではない。そこは左右上下なにもない無重力の世界。

そうそこはみずのなか

comments(2) | trackbacks(0) | PAGE TOP↑
BALI deep Exhibition (代官山ヒルサイドフォーラム 2005.6.23.)
category: 展覧会 | author: aliensegg
「考えること」をしない人間をつくろうとしていて。
「考えること」をしない人間が増える中。
「考えない」人間をこばかにし。
「考える」自らに快感を覚え。
「考えること」をしようと必死になっている人々・・・
「感じること」の大切さを想いました。

どれが良くどれが悪いとかそんなことではなくて。
ひとにより、ものにより、ときにより・・・「考える」か「感じる」か。
そしてまたその二択だけでもない。なにかを目の前にしたときに、どう処理するかは色々。ただ、それを最初のひとつだけに囚われてしまうのは嫌。まずはじめに、「感じた」→「さあ、次は考えなきゃ」ってしてみても、「感じて、次は考えて」って囚われているからこその発想。今日のあいはたまたま、異様に「考えること」に囚われているひとたちが印象に残っていて。今日のあいが面したものはたまたま、「感じたい」ものだった。ただそのときの自然な自分を受け入れたい。感じたければ感じ、考えたければ考え、遠くをみたければ遠くをみる。意識してなにかを得ようとなんかできない。あいはいつも「考えること」「感じること」の二極に囚われていたから。今日はただ純粋に、独立したものとして、
「感じること」の大切さを想いました。



それもそーときょうのおひるごはんにたべさせてもらったリアルメキシカンライスがおいしかった〜〜!!!
しかも700エン弱!!
あそこでべつのもんもたべたい・・・
ずっとシザーハンズ上映中のまったり地下の不思議なおみせだった♪
comments(0) | trackbacks(0) | PAGE TOP↑
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
PROFILE
OTHERS
SEARCH